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名古屋地方裁判所半田支部 昭和45年(ワ)11号 判決 1971年12月08日

原告

藤井昭三

被告

岩田一二

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金二〇六万九、六〇〇円とこれに対する被告岩田一二は昭和四五年四月六日から、被告中川次郎は同月五日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一求める裁判

一  原告

「被告らは各自原告に対し金三六八万七、〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二原告の請求原因

一  本件事故の発生

昭和四三年二月一八日、半田市板山町一六―八〇番地路上において被告中川運転の大型自動車(以下加害車という。)が転倒して道路で工事作業をしていた原告に衝突した。

二  被告らの責任

本件事故は被告中川の運転者としてその操作を誤つた過失により発生したものであり、被告岩田は加害車の保有者であるので原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

三  原告の受傷

原告は本件事故により左大腿骨々幹部骨折兼左大腿挫創左腓骨神経麻痺の傷害を受け、昭和四三年二月一八日より同年五月一四日まで常滑市民病院に入院加療し、同月二三日から同年七月二日まで名城病院に入院し神経麻痺のため剥離手術を行い、同年一二月一八日から同月二九日まで半田市酒井病院に入院し大腿骨に軟骨が生じたためその除去手術を行い、同四四年二月一九日から同月二六日まで常滑市民病院に入院し副木の除去を行い以後も毎日通院加療を受け現在に及んでいるが、今なお左足びつこであり(もちろん正坐不可能)、左足下腿部の中央以下足先まで神経がしびれて痛みがあり、完治の見込みはない。

四  損害

(一)  逸失利益 二一八万七、〇〇〇円

原告は水道工事に従事し当時日給二、〇〇〇円を支給されていたが、現在日給一、五〇〇円しか支給が受けられない。先に休業補償として事故日より一年半分の昭和四四年八月一七日までは補償されたので同日を基準にして逸失利益を算出すると、原告は当時四一才で今後二二年間就労可能であり一ケ月二五日稼働するものとして年間一五万円の減給となるので民法所定年五分の割合による中間利息を控除した現在額は二一八万七、〇〇〇円となる。

(二)  慰藉料 一五〇万円

五  よつて、原告は被告らに対し前項の損害の合計三六八万七、〇〇〇円とこれに対する本訴状が被告らに送達された日の翌日(被告岩田は昭和四五年四月六日、被告中川は同月五日)から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

第三被告らの請求原因に対する答弁および主張

一  請求原因事実第一項は認める。

二  同第二項中、被告岩田が加害車の保有者であることは認めるが、その余の事実は争う。

三  同第三、四項は争う。

四  示談の主張

本件事故については原告と被告岩田との間において昭和四四年一一月七日次の如き内容の示談契約が成立した。

1  本件事故に関して、被告岩田は原告に対して、治療費付添費、交通費、休業補償費、慰藉料、その他諸雑費を含め、金二六八万七、〇〇〇円を支払うこと。

2  後遺症については、被害者である原告より、被害者請求することとする。

3  被告岩田は、すでに原告に対し支払済みの立替金七八万円を1項の記載の金員より差し引いて残金一九〇万七、〇〇〇円を支払うこと。

そして、原告は3項記載の金員を受領した。

第四示談の主張に対する原告の主張

一  被告ら主張のような示談が成立したことは認める。

二  しかし、右示談は事故日より昭和四四年八月一七日までの一年半分の休業補償とその間の治療費及び慰藉料についてのみのもので、右成立時点ではいまだ原告の後遺症の程度がはつきりしていなかつたため、その点の交渉は後日に残されたものであるが、最近に至り前記主張のとおりの受傷で完治不能であることが判明した。右示談は当時予見できなかつた前記のような後遺症による損害についてまでその効力は及ばないものである。

仮に右後遺症による損害についてまでその効力が及ぶものとすれば、原告においてこの点につき錯誤があつたから右示談は無効である。

第五錯誤等の主張に対する被告らの主張

一  錯誤等の原告の主張事実を争う。

二  本件示談は事故後一年九ケ月を経た昭和四四年一一月七日締結されたものでしかも原告は当時治療を殆んど終了し、症状も既に固定していた状態にあり、後遺症障害等級九級の認定も受けていた。又現に原告はそれより以前同年八月頃より職場に復帰し就労していた。かかる時点においては当然自己の損害を予想することは十分可能であり、従つてその示談は特別の留保条項がない限り本来の効力を有し、それ以後の損害の請求は許されないとすべきである。

三  なお又原告は右示談後条項2に基づき自賠責保険より後遺症補償金として七八万円を受領しているものである。

第六原告の自賠責保険金七八万円受領に関する答弁

受領の事実は認める。

第七証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生事実ならびに被告岩田が加害車の保有者であることについては当事者間に争いがなく、又〔証拠略〕によると、本件事故は専ら被告中川の運転操作の過失に基因して発生したものであることが認められる。

右事実によれば被告中川は民法七〇九条により、被告岩田は自賠法三条によりいずれも原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

二  次に本件事故について原告と被告岩田との間において、昭和四四年一一月七日被告ら主張のような内容の示談(第三の四1ないし3の各条項)が成立したことは当事者間に争いがない。

ところで原告は右示談の効力を争うのでその主張の当否を検討する。

〔証拠略〕によると、原告は本件事故によりその主張のような受傷のすえその主張の病院において主張の期間入院治療もしくは手術を受けた後、昭和四四年八月には一応職場に復帰はしたものの、左下肢の二関節即ち左膝関節(運動範囲一一一度から一五〇度)および左足関節(運動範囲一〇二度から一四三度)の各関節の機能に著しい障害を残し、常滑市民病院において昭和四四年九月三日付診断書をもつて右症状は労災等級九級に該当する旨の認定を受けたこと、そして右日付から二ケ月余を経過した後に本件示談がなされたことが認められこれを左右する証拠はない。

右事実によると原告は、本件示談時において右後遺症あることを知り且つそれを前提として自己の損害を十分考慮したうえで示談に及んだことがうかがわれる。そこで前記認定の示談条項中後遺症に関する2の条項(「後遺症については原告より被害者請求をする。」とあり、更に前記乙第一号証によると「本件交通事故については、上記のとおり示談が成立しましたので以後本件に関しては異議を申立てないことを約します。」旨の記載がある。)についてであるが、通常一般的には右文言をもつて表現された場合は自賠責保険から支払われる労災等級相当の金員のみを意味するものとされているところ、前記各証言によると被告岩田側を代理した訴外近藤靖男(愛知いすず自動車株式会社保険課勤務)及び保険会社側の訴外近藤俊夫(興亜火災海上保険株式会社勤務)は右文言の意味等を原告に十分説明せず後遺症に関する損害額につき明確なる了承をえないままに示談に及んだ旨うかがわれる。そしてこれを受けた原告はその本人尋問の結果によると具体的金額が明示されていなかつたので正当に査定されたいわゆる後遺症による将来の逸失利益と慰藉料を合せ含めた金額およそ三五〇万円位が(任意保険からか自賠責保険からかは別として)ともかく保険会社から支払われるものと信じ示談に応じたが、結果は自賠責保険からの七八万円(労災等級九級)が支払われたにとどまり原告の予期した損害額と大きな差があることが判明したこと、更につけ加えるに原告は、この種事件の解決については全くの素人であり前記文言の一般的意味は勿論任意保険と自賠責保険の区別も、又労災等級九級(認定があつたこと自体は知つていたが)といつてもそれが具体的に如何程の補償金額になるのかはつきりわからないものであつたことがうかがわれる。かかる状況下で成立した前記示談条項(いわゆる和解契約)というものは、後遺症関係の損害内容とその金額を明示しないままなされたのであるから、前認定のように原告の内心的意思と表示された意思とに錯誤がありしかも損害賠償請求の和解における支払金額というまさしく法律行為の要素に錯誤があつたものとして無効と解すべく原告は正当な算定による後遺症関係の損害をあらためて請求しうるものというべきである。

三  損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕によると原告は上水道工事請負業の丸秀商会に勤め水道工事に従事し当時少くとも原告主張のとおり日給二、〇〇〇円支給されていたが、昭和四四年八月復職後前記後遺症のため労働時間および仕事量に低下をきたし、少くとも日給にして右金員の二割に相当する四〇〇円が減給となつていることが認められる。又原告の年令(昭和三年二月三日生、当時四一才)職種等に徴すると右復職時点で二二年就労可能であり一ケ月二五日稼働するとして年間一二万円の減給となるのでこれをホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して一時払額に換算すると一七四万九、六〇〇円となる。

(二)  慰藉料

前認定の本件事故の態様、後遺症の程度その他諸般の事情を斟酌すると原告の精神的苦痛に対する慰藉料は一一〇万円が相当である。

以上(一)、(二)の合計二八四万九、六〇〇円

四  保険金の充当

原告は自賠責保険から七八万円を受領したことを自認するのでこれを前記原告の損害金に充当するとその残額は二〇六万九、六〇〇円となる。

五  結論

よつて、主文一項の限度で原告の請求を認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋一之)

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